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前橋地方裁判所 昭和28年(ワ)29号 判決

原告 逸見清治郎

被告 久保彌一郎 外一名

主文

一、被告等は原告に対し各自金三十五万二千七百四十三円及びこれに対する昭和二十八年二月二十二日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

二、原告その余の請求はこれを棄却する。

三、訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告等の連帯負担とする。

四、此の判決は第一項にかぎり原告において被告等に対し各金十万円の担保を供するときは、仮りに執行することが出来る。

事  実〈省略〉

理由

原告が昭和二十七年二月十九日、小型自動三輪車埼第一二一〇九号を運転して桐生市に赴いての帰途、群馬県山田郡毛里田村県道上を桐生市より太田市方面に向けて進行し、同日午後八時四、五十分頃同村今泉九十六番地先県道上に差しかかつた際、反対方向より進行して来た被告久保所有にして、自動車運転免許を有していない被告二渡の運転するトラツク群第二〇六二号と、衝突したため、自動三輪車が大破し、原告も負傷したことについては当事者間に争ない。成立につき当事者間争のない甲第四乃至第十号証、証人鈴木鉄太郎(第一、第二回)、同青木久(第一、第二回)の各証言、原告及び被告二渡定雄の各本人尋問並びに検証(第一、第二回)の結果を綜合して考察すると、原告は、昭和二十七年二月十九日午後八時四、五十分頃、群馬県山田郡毛里田村地内県道上を時速約三十粁で桐生方面より進行中、同村大字今泉九十六番地先の北方約八十米の地点で、前方百六、七十米附近を反対方向より進行して来た被告二渡の運転するトラツクの前照灯を認めたのであるが、該前照灯二個の内、向つて左側が著しく暗かつたため、右トラツクを自動三輪車と誤認し、原告自身の運転する自動三輪車の前照灯をスモールに切替えた上、互に安全に擦違可能な程度に、幅員六米三十糎の前記舖装県道中心より左側に避譲し、時速約二十五粁で進行したこと、他方被告二渡は同村大字今泉九十六番地先南方約八十五米の地点まで前記トラツクを運転して進行して来た際、原告の運転する自動三輪車を前方約百六十余米の地点に発見したのであるが、同トラツクの前照灯の光力が偶々通常よりも弱く、殊に右側(向つて左側)前照灯の光が著しく暗かつたので、特に前照灯の切替をすることなく、前記道路中心線より約四十五糎も右側に出た侭、時速三十五粁程度で進行を継続したこと、原告の運転する自動三輪車と被告二渡の運転するトラツクとが互に接近し、擦違の直前になつて、原告は漸く先方の自動車をトラツクと認めたので、衝突の危険を避けるため、急拠把手を左に切り、被告二渡も危険を感じ、左に僅か把手を切つたけれども間に合はず、トラツクと自動三輪車の各右側アングル部分が接触、衝突したため、自動三輪車の荷台が撥飛び、硝子も飛び散つて大破し、原告自身も加療約三ヶ月に因り外傷治癒するが失明を招いた左眼鞏角膜裂傷並びに左眼外傷性白内障―現在視力〇・〇二で視力障害激甚な左眼外傷性癒著性白班―の傷害を受けたこと、本件現場の道路舖装部分の幅員は、六米三十糎にして、本件トラツクの車体幅が二米十八糎あり、本件自動三輪車の車体幅一米三十六糎であるから、被告二渡が道路通行区分を厳守し、速度も減速して進行し、前記トラツクの前照灯の故障も修理し反対方向から進行して来る相手方をして前照灯を一個と見誤り、該トラツクを自動三輪車と誤認せしめるが如きことなかりせば、原告の運転する自動三輪車と十分安全に擦違が可能であつたことを認定するに十分である。以上認定事実に鑑みれば、被告二渡は、自動車運転免許を有せず、その技術も未熟であつたのに拘らず、夜間前照灯の故障を認識しながらこれが修理をもせず、然も道路通行区分に違反し、本来通行してはならない道路右側に四十五糎も張り出し、時速約三十五粁で漫然と被告久保所有の前記トラツクを運転し、原告の運転する自動三輪車と安全擦違い得るものと軽信し、その侭進行を継続した過失に因り、原告をして自動三輪車と誤認せしめ、遂に接触に至らしめたものであると認むべきである。

次に被告久保が建築請負業を営み、被告二渡がその使用人で主にトラツク助手として、運転者である訴外青木久と共にトラツクに同乗しているものであることは当事者間に争いなく証人青本久の証言と被告二渡定雄本人尋問の結果によれば、被告二渡は運転技術の修習中であり昭和二十七年二月十九日、被告久保の営業用瓦を東京都に運搬して、その帰途、太田市内を通過した後、訴外青木に操縦方を懇請し、同訴外人に代り右トラツクを運転して、本件事故現場に至り、原告の自動三輪車と衝突したことを認め得るのであつて、被告二渡が右認定の如くトラツクを運転した行為は、被告久保の被用者たる被告二渡が被告久保の事業執行に関する行為として為したものと認めるのを相当とする。そして被告久保は、本件事故が被告二渡の過失に因つて発生したものとするも、被用者たる被告二渡の選任及び同被告の事業執行に関する監督につき相当の注意をなしていたから原告に対し損害を賠償すべき責任がない旨抗弁するけれども、該抗弁事実を肯認するに足る証拠なく、却つて被告久保弥一郎本人尋問の結果によれば、被告久保は従前より被告二渡が被告久保所有のトラツクの操縦に関与することを黙認していたことが窺はれる。従つて被告久保は、被告二渡の使用者として、同被告の過失に因つて原告に加えた本件事故に基く損害を賠償すべき責任を免れ得ない。されば被告両名は、各自原告に対し本件事故に因る損害賠償の義務があるというべきである。

よつて進んで、損害額について検討するに、被告両名は、本件事故につき被告二渡に過失ありとするも、原告にも過失があつたから損害額を定めるにつき斟酌さるべきであると主張するけれども、この点に関する被告二渡定雄本人尋問の結果は措信し難く、他に原告の過失を認めるに足る証拠がないから右主張は理由がなく、当事者間成立に争のない甲第八号証、第十乃至第十二号証と証人逸見忠次郎、同曲照信の各証言、原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は、本件事故によつて左眼に負傷し、昭和二十七年二月十九日群馬県太田市曲眼科で、同月二十日埼玉県鴻巣市の三田眼科で、それ応急手当を受け、同月二十一日、東京大学医学部附属病院で左眼鞏角膜裂傷、左眼外傷性白内障と診断され、同日から三週間、同病院に入院して手術を受けた同病院の入病料その他治療費合計金二万七千二百八十八円二十銭、入院中の附添費として金五千三百円、同年二月十九日原告が負傷して太田市より埼玉県大里郡妻沼町の自宅迄帰つたハイヤー代金七百五十円同月二十日同県鴻巣市の三田眼科へ治療に赴いたハイヤー往復代金三千二百円、本件事故により大破した自動三輪車の修理代金一万六千二百五円、以上合計金五万二千七百四十三円二十銭の積極的損害を生じたこと、原告が深谷商業学校を経て昭和二十二年三月国士館専門学校を卒業後税務署に勤務したが、昭和二十三年五月退職して以来家業の製粉製麺業を経営し、自ら自動三輪車を運転して製品の運搬までも為していたものであるが、左眼負傷に因る療養中、その営業に従事できず、療養の結果、左眼の負傷は一応治癒したけれどもその視力を失い負傷前に比し労働力も半減し、製麺機の操作、自動三輪車の運転も不能となり、専ら製粉製麺をする傍ら簡単な仕事に従事し得るに止まり、本件事故に因る負傷、従つて左眼の失明なかりせば、将来取得し得たであろう利益を喪失したという消極的損害を受けた事実を推認できるが右消極的損害額が幾何になるかについて、原告の主張事実を首肯せしめるに足る資料がないので、原告の喪失した得べかりし利益に関する主張は採用するに由がなく、結局原告が主張する積極的損害額合計金五万二千七百四十三円についてだけが理由あることに帰着し、更に原告が左眼の視力を失い、生れもつかぬ不具の身となり、精神上甚大な打撃を蒙つたことは推察するに余りあり、更に又前記傷害を受けた後、将来左眼の失明を来すや否や危惧の念を抱きながら療養に専念したであらうことも窺はれるのであつてその間蒙つた精神上の苦痛も甚大であつたと推知できるのであつて、その他前認定の諸般の事情を斟酌し、原告が受けた精神上の苦痛に対する慰藉料は、金三十万円を相当と認めるから、結局前記積極的損害合計金五万二千七百四十三円二十銭及び慰藉料金三十万円、以上総計金三十五万二千七百四十三円が被告二渡の不法行為に因つて原告の蒙つた損害額であるというべきである。而して原告の被告両名に対する本件損害賠償債権は、本件訴状が被告両名に夫々送達されることにより、弁済期が到来したものと認めるべきであるから、被告両名に対し各自金三十五万二千七百四十三円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和二十八年二月二十二日以降完済迄民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、原告の本訴請求を正当として、これを認容し、その余の請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条第九十三条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 細井淳三 小木曽競 菅本宣太郎)

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